開発部方針 | ① イメージを具体化、価値あるものを創りだす イメージを具体化する引き出しを増やし、期待されているものより、価値あるものを創りだす |
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② 効率よい仕事の研究 製造部・管理部との連携をはかり、難しい仕事をいかに楽にできるか考えて 仲間のモチベーションを上げる。段取り方法をまとめ量産準備の標準化 |
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③ 工夫の成果を企業の財産にする この会社しかできない仕事に携わることのやりがい、独自性や強みを再認識し、創意工夫を文書にまとめる |
業務内容 | ・刺繍データ作成 / 刺繍図案作成 ・現場作業用段取り / 修正データ作成 ・刺繍企画刺し方開発 ・提案用スワッチサンプル作成 |
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「めっちゃ刺繍大きいやん。試作する時間も無いのに、やれるんか?」
部長ミーティングで開発部の永峯は叫んだ。議題は、A会社のI氏からの案件を受けるかどうかだった。縦横60cm以上の超巨大刺繍をたったの11日で仕上げるという、聞くだけで緊張のあまりトイレと仲良くなりそうな案件だ。依頼品の公開日は動かせないので納期は延ばせない。他の刺繍業者も次々断った難題。おまけに、今は繁忙期。
『いやー、他の依頼が立て込んでる。データを作っても作っても仕事の山なんだけどなぁ・・・。』
結局、製造部の岡崎部長の判断で引き受けることになってしまった。岡崎が言うならできないことは無いのだが・・・。
『このデカイ刺繍を一発本番?はぁ~、せめて試作をさせて欲しい(泣)』
これには永峯も頭を抱えた。うめきながら入社30年の知恵と経験をしぼり出す。
納期まであと3日。
管理部から生地を受け取り、広報部から配色や注意点を聞いた。その上で図案の大きさや糸の色の確認と、縫い方といった設定を打ち合わせした。
矢野「大きさはこのくらいですか。」
永峯「もっと大きいやろ、このくらい。」
矢野『ええっ、でかっ』
一言に縫うといっても、縫い方は無限にある。開発部は、使う刺繍テクニック、糸と糸の間隔、糸を運ぶ道筋などを配慮してデータ作成をするのだ。使う刺繍テクニックによって出来上がったときの印象が違ってくる。糸と糸の間隔を空けすぎても詰めすぎても、仕上がりが美しくならない。一筆書きのように設定する糸の道筋は、どのように走らせるかによって製造時間が変わってくる。質の良いデータは、入社後に培った知識と経験から生み出されるのだ。
ところがここでまた、開発部にピンチが訪れた。
永峯「・・・矢野さん、事務所のカレンダー見たかい?僕、明日とあさって休暇なんだよ。」
矢野「ええええっ!」
永峯はよりによって明日からの2日間、休暇を入れていたのだった。それも2ヶ月も前から予定していた休暇だった。この仕事ができる社員は、タナベ刺繍には永峯以外に矢野しかいない。開発部での経験がまだ浅い矢野にプレッシャーがのしかかった!
永峯「矢野さん。一人でも進めていけるように、いくつかデータ設定をしておいたよ。これを参考にしてデータを完成させていけばいい。一人にさせて申し訳ない。よろしく頼んだよ。」
矢野『マジか。』
終業後、そう言って永峯は矢野にデータを渡して帰路についたのだった。
納期まであと2日。矢野の奮闘劇が始まった。まずはスケジュールに組まれていた大量の依頼のデータ作りに取り掛かった。午前と午後は、ほぼその作業に追われた。
『ふぅ、一段落した。17時か・・・。よし、例の刺繍に取り掛かろう。』
永峯から受け取ったデータと助言をもとに、矢野は何ヵ所か刺繍する所をピックアップして、上手く刺繍できるかどうかを、開発部の部屋においてあるミシンで確かめた。(われわれタナベ刺繍ではその作業を「部分打ち」と呼ぶ)。データが上手に出来ていない時は、糸の間隔が広くて表面から生地が見えたり、生地にシワができたりしていた。そうなればデータを修正し、再び刺繍する。綺麗に刺繍できればデータを、共通する箇所全体に入力していった。
『前日に永峯さんがデータを入れてくれたおかげで、私一人でもできるな。』
黙々と作業を続けるのが好きな矢野。徐々に作業に没頭していった。そして――
『よかった、できた!このデータでちゃんと綺麗に刺繍できたらいいんだけど・・・。』
作業が終わり、ふと時計を見て驚いたのだった。
『20時?!思ったより早くできた。』
納期まであと1日。矢野は、ミシンに読み込ませるフロッピーと、図案を印刷した資料と、部分打ちをした資料を持って、工場に向かった。今回の製造担当になった製造部の村井に渡すのだ。矢野は、製造する時の注意点を村井に知らせた。
矢野「―・・・。村井さん、わからないところはないですか?」
村井「ありがとうございます!大丈夫です」
矢野「困ったことがあったら、いつでも呼んでください。」
そうして開発部から製造部へバトンタッチしたのだった。
そして約束の期日。無事、完成品が間に合い、I氏に渡されたのだった!出社した矢野は、永峯から呼び止められた。
永峯「矢野さん、頑張ったね。完成したのを見たよ。きれいに出来てたね。」
矢野「ありがとうございます。永峯さんのおかげです。」
矢野『一人でプレッシャーが凄かったけど、意外と出来た。よかった』
かくしてI氏の案件は一件落着したのである。
―終わり―