2023.07.12
「刺しゅうの役割と可能性について」刺しゅう講座の内容まとめ
神戸女子大学の家政学科衣生活文化論の講義枠にて、刺しゅう講座を提供させていただきました。
テーマは「刺しゅうの役割と可能性について」です。
今回は、講座の一例をご紹介します。
目次
1.タナベ刺繍の紹介
まずは、タナベ刺繍について。
弊社は香川県東かがわ市で創業し、地場産業の手袋に刺しゅうをすることから始まりました。
手袋への刺しゅうから始まったタナベ刺繍は、革小物や靴などの雑貨、そして洋服の刺しゅうも手がけるようになり、現在はテーマパークの舞台装置や劇団・CM衣装などの刺しゅうも手がけるようになりました。
技術面では、コード刺繍やサガラ刺繍の導入、レーザー刺繍機の開発、シークイン(スパンコール)刺繍の導入、立体刺しゅうやフォトステッチの商用化など、刺しゅうの技術を開拓してきました。
2.刺しゅうのルーツ
人類の進化と共に歩んできた衣服への刺しゅうは、その発祥を正確に知ることは不可能に近いですが、糸と針で縫うということは、石や壁に模様を描く次に原始的かつ根源的な行為と言えます。
刺しゅうは、衣服に糸と針で模様を描くことで、相手にメッセージを伝えるコミュニケーションツールの役割を果たしてきました。
そのため、人類にとって糸で描かれているものは非常に重要な情報であるという認識が太古からなされていると考えられます。
刺しゅうが伝えたメッセージの例を一つ挙げるとすれば、17世紀ごろの貴族の衣装や宮廷の装飾品・家具に使われた刺しゅうがあります。その豪華できらびやかな刺しゅうは、製作に費やす労働力を十分に持っていることを示し、富と権力を表していました。
▽日本刺繍史(日本ジャガード刺繍工業組合)
http://sishu.or.jp/cat3/cat39/
▽アイヌ木綿衣、世界最古か(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/area/hokkaido/articles/MTW20170116010500001.html
▽ファッション豆知識「刺繍」(渋谷ファッション&アート専門学校)
https://www.shibuya-and.tokyo/fashion/knowledge/embroidery-2/
3.刺しゅうの特徴
刺しゅうと織物と比較すると、糸で模様を描くという意味で両者は共通していますが、織物は縦糸と横糸で生地を織りながら模様を描くのに対して、刺しゅうは生地に糸を縫い並べることで模様を描く点が違います。
また、刺しゅうの立体感や糸の種類・色数などによって表現の自由度は織物より増します。
このように、刺しゅうは自由な発想で新しい表現を生み出しやすい、発展性のある技法だといえます。(タナベ刺繍は経営理念を「驚きと感動の刺繍で笑顔を創る」と定め、常に新しい刺しゅうを生み出すことをミッションと位置付けています。)
4.ミシン刺しゅうの歴史
ミシン刺繍も時代の流れに沿って変化してきました。
そのルーツは、本縫いミシンにあります。
元々は手作業で行っていた刺しゅうを、なんとか効率よくできないかと考え、本縫いミシンの「送り」と「抑え」を外し、手で生地を移動させながらミシンで1針1針縫えるようにしたのが始まりと言われています。
そして、針を左右(上下)に移動させて振り幅を持たせる機構が開発され、それが横振り(又は縦振り)ミシンとなりました。この振りミシンは、手で生地を移動しながら、足元にあるレバーで振り幅を調節して模様を描くので、高度な刺しゅう職人の技術を必要としました。
その後、手作業だった生地の移動は、ミシンの枠移動を自動制御に置き換える「ジャガード機構」の発明によって、一気に刺しゅう機は進歩します。複数同時に刺しゅうできる多頭化、自動色変え機構による多色化、コンピュータ化など、現在の形へと発展していきました。
▽ミシン刺しゅうの歴史(日本ジャガード刺繍工業組合)
http://sishu.or.jp/cat3/cat45/
5.ミシン刺しゅうの種類と特徴
刺しゅうミシンは、①ジャガード刺繍、②コード刺繍、③サガラ刺繍と、大きく3つの種類に分かれます。
①ジャガード刺繍
ジャガード刺繍は、織り機を開発したジャガードさんの名前からそう呼ばれており、ステッチ・サテン・タタミ刺繍に分けることができます。
ステッチ刺繍:柄の模様の輪郭線を直線のステッチで縫いあげる手法です。
サテン刺繍:ある程度の幅をジグザグステッチで繰り返しその面を縫う手法です。サテンのように表面にツヤが出ます。
タタミ刺繍:縫い目をタタミの表面模様のように縫っていく手法です。
②コード刺繍
コード刺繍は、リボンやレース、毛糸などの紐(コード)を使って、さまざまな線模様を衣服などの上に描き出す手法です。
大きくテープ縫い、千鳥縫い、巻き縫いの3つに分けられます。
テープ縫い:紐やテープの中心をステッチ縫いで止める手法です。
千鳥縫い:紐を縫い付けるための本縫いの針で、紐をジグザグに縫い付ける手法です。
巻き縫い:何本もの糸を芯となる糸に巻き合わせながら縫い付ける手法です。
③サガラ刺繍
一本の糸をかぎ状の針ですくい上げながら模様を描く刺繍技法のひとつです。編物の目のようになる「チェーンステッチ(環縫い)」と、糸をすくい上げてループ状になる「ループステッチ」があります。
以上が基礎となるミシン刺繍の種類です。
これらの技術を応用することで、新しい手法を作り出しています。
6.刺しゅうができるまで
では、刺しゅうができるまでの流れはどういったものでしょうか。
簡単に紹介すると、次の図のようになります。
新しい刺しゅうを創り出す上で一番重要なのは、イメージ作りです。ここで、しっかりゴールイメージができていないと完成度が高い刺繍にはなりません。
こちらの刺しゅう研究室には、約5000点の刺しゅうアーカイブと、世界中から集めた様々な資料が揃っています。これらの資料をもとに、イメージを固めていきます。
刺しゅうミシンを動かすためのプログラムを作ります。求められる表現が実現できているか、試作をしながらプログラムを作り上げていきます。
刺しゅうの種類やサイズ、色数にあわせて刺しゅうミシンを使い分けます。機械の準備や調整は人の手で行います。
縫い上がった刺しゅうを1枚1枚確認しながら仕上げていきます。刺しゅうの表面だけではなく、裏面の美しさにもこだわっています。
以上が刺しゅうができるまでです。
7.繊維業界の課題
タナベ刺繍が創業より50年以上、繊維業界に関わってきたからこそ分かる社会問題があります。
現代日本のファッションは明治期に洋装が取り入れられるようになってから。本格的には大正時代以降のものですが、たった100年ほどであるにも関わらず、日本の繊維業界は斜陽産業と言われています。
そうなってしまった一因は、行き過ぎた資本主義とグローバル化にあり、原価を極限まで下げるために大量生産を行い、需要の何倍もの供給をしているのが現状です。その結果生じる価格競争、産業の空洞化、目に見えづらい環境や労働問題に繋がっています。
とても参考になった動画を紹介します。
タナベ刺繍では、繊維ファッション業界を良くしていくために必要なことは、価値の高い仕事を必要なだけ責任を持って作ることだと考えます。
価値の高い仕事とは何でしょう。
8.タナベ刺繍の目指すもの
タナベ刺繍が目標としているのは次の3つです。
①日本のファッションブランドの成長に貢献する
②地域から必要とされる存在になる
③時代を担う若者の成長に貢献する
世界から認められる日本のファッションブランドへの成長にタナベ刺繍が貢献することができれば、繊維ファッション業界の活性化につながり、誰もが働きたい業界になると考えます。
タナベ刺繍が手掛けた刺しゅうを誰でも見学できるギャラリー(瀬戸刺繍美術館)を備えました。現在は小さなギャラリーですが、将来的には全国から絶え間なく来場者が来る、地域の観光スポットにしたいと思っています。
価値の高い刺しゅうを作り続けるためには、刺しゅうの研究が欠かせません。常に学び、新しい刺しゅうを作り出します。
そして研究で得た学びを、刺しゅうやファッションに関心のある日本全国の若者に対して、ホームページやSNS、刺しゅう図書室の開放や講座・授業の提供によって発信します。
以上の目標を達成する仕事を行うことで、自分たちも、地域も、業界も、良くしていきます。
皆さんも、ぜひ、タナベ刺繍に遊びに来てくださいね。
以上が授業の内容で、その後は実際に刺しゅうサンプルに触れていただきながら、質疑応答の時間に移りました。
9.参加者の声
後日先生から、授業を受けた生徒さんたちの感想文が送られてきたので、その一部をご紹介したいと思います。
今回の授業を受けて、多くの新たな視点がありました。まず、驚いたことは、映画やテーマパークのようなエンターテイメントにも活用されていることでした。また、キラキラと輝く糸を使った刺繍は魅力的で感動しました。
しかし、その美しさと同時に、その生産過程について深く考えさせられました。バングラデシュの動画は、私たちの消費行動が裏側で何を引き起こしているかを教えてくれました。大量生産、大量消費が進む中で、アパレル産業の労働者が直面している困難な状況を目の当たりにし、その影響を肌で感じました。
この授業から学んだことは、美しい物やサービスに対する喜びと同時に、それらが存在する背景に目を向け、我々の行動にどのように影響しているかを深く考える重要性です。刺しゅうの繊細さと美しさは、製品を大切に扱うことの大切さを改めて教えてくれました。改めて本日はありがとうございました。
私が講義を受けて学んだことは、刺繍の奥深さと幅広さである。これまでの生活での刺繍といえば、布地に糸で文字や絵を描いていくような簡単なものばかりであった。しかしこの講義で様々な種類の刺しゅうを知ることができ、自分の中でとても興味深いものとなった。特に立体刺繍・グリッター刺繍・フォトステッチが印象に残っており、もっと様々な作品を見に行きたいと感じた。実際にゴッホの「ひまわり」のフォトステッチを間近で見て、自分もこのような作品を作ってみたいと強く感じられた。今まで色んな会社の説明会に参加してもそこまで興味をそそられることはなかったが、タナベ刺繍の講義で初めて自分がどんな事に興味があるのか知ることができたように感じた。
今回の講義を受け、刺繍により興味を持つことができた。機械を使って刺繍する映像を見て、これほどのスピードで正確な刺繍ができ、図案を再現できるのかと不思議に思った。
作品の一つ一つを見ていると、刺繍で再現できるのかと思うようなことものがたくさんあり、刺繍の可能性とタナベ刺繍さんの技術が素晴らしいことがわかった。
見せていただいた作品の中で一番印象的だったのはスタッズを刺繍で再現した作品だった。刺繍は基本的には平面的なものというイメージがあったが他の作品にも立体的な刺繍があり、それも今までに見たことがないようなものばかりだった。本物のスタッズとは違う、刺繍ならではの質感がかわいらしく、他にはない特別さを感じた。普通は刺繍で再現しないものを刺繍で再現するというのは面白いなと感じた。
今回の授業は初めての対面授業ということもあり、うまく生徒さんたちに伝えることができるか不安な気持ちもありました。
しかし、思っていた以上に、さまざまなことを感じ取っていただけたようで、とても有難かったです。
10.まとめ
いかがでしたでしょうか。
刺しゅうは、人類の歴史における衣服の登場と同じくらい古くから、糸と針で模様を描くことで相手にメッセージを伝えるコミュニケーションツールの役割を果たしてきました。
また、刺しゅうは生地に糸を縫い並べることで模様を描くので、織物よりも立体感や糸の種類・色数などによる表現の自由度が高く、自由な発想で新しい表現を生み出しやすい、発展性のある技法だといえます。
刺しゅうは元々手作業で行われてきましたが、その効率化を求めてミシン刺しゅうが開発されました。はじめは本縫いミシンを改良した横振り(又は縦振り)ミシンが登場し、その後はミシンの枠移動の自動化、複数同時に刺しゅうできる多頭化、多色化、コンピュータ化が進むなど、現在の形へ瞬く間に発展しました。
そのミシン刺繍はジャガード刺繍、コード刺繍、サガラ刺繍の大きく3種類に分かれ、これらの技術を応用することで新しい手法を作り出すことができます。
刺しゅうは①イメージ作り、②試作、③刺しゅう加工、④仕上げの流れで作られます。中でもイメージ作りが一番大切で、そのためにはインターネットの情報だけではなく、過去の刺しゅうアーカイブや世界中からの様々な資料を参考にすることがポイントです。
タナベ刺繍では、繊維ファッション業界を良くしていくために必要なことは、価値の高い仕事を必要なだけ責任を持って作ることだと考えます。
そのために目指していることは次の3つです。
①日本のファッションブランドの成長に貢献する
日本のファッションブランドが世界からも認められるように成長すれば、繊維ファッション業界の活性化につながり、誰もが働きたい業界になると考えます。その成長に刺しゅうで貢献します。
②地域から必要とされる存在になる
タナベ刺繍が手掛けた刺しゅう作品を、どなたでも見学できるギャラリーに展示することで、将来的には全国から絶え間なく来場者が来る、地域の観光スポットにしたいと思っています。
③時代を担う若者の成長に貢献する
日本のファッション文化を高めるためには、その研究が欠かせません。常に学び、新しい刺しゅうを作り出します。そして研究で得た学びを、刺しゅうやファッションに関心のある日本全国の若者に対して、ホームページやSNS、刺しゅう図書室の開放や講座・授業の提供によって発信します。
これら3つの目標を達成することで、自分たちも、地域も、業界も、良くしていきます。
この記事を最後まで読んでくださってありがとうございます。
ぜひ、タナベ刺繍に遊びに来てくださいね。
また、タナベ刺繍では、全国の服飾専門学校や大学などへ刺しゅうに関する講座を提供させていただいております。ご希望の場合はどうぞお気軽に、お問い合わせください。